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山口藍 「山、はるる」(TOKYO)

2007年03月14日(水) - 04月14日(土)

山口藍は、江戸時代後期、とある峠で隠れて商売をしている岡場所「とうげのお茶や」を舞台に、親から身売りされ独りぼっちになってしまったまだ幼い遊女たちの姿を、独特の支持体を用い、繊細で明解な描線と色面で表現し続けています。山口が作り出す「とうげのお茶や」という世界は、そこに暮らす女の子たちにとって限られた狭小なものではありますが、それだけに彼女たちが目にするもの、噂に聞くもの、他愛もない日々の出来事は、空想や願望といった形で大きく膨らんでいきます。幼い人が持つ純真で研ぎ澄まされた心は、移りゆく季節の草花、匂い、着物の文様、和歌の言葉などに投影されて混ざりあい、ときに湧く不安や嫉妬さえも美しい形となってあらわれます。それゆえ作品にはいつも、ひたむきに何かを信じている小さな祈りのようなものが潜んでいて、俯瞰して眺めている私たちにも響いてくるようです。それは、「ただひたすらに美しいと感じられるものが作りたい」という山口の作品に対する姿勢からもたらされるものかもしれません。


本展では、ミヅマアートギャラリーのある目黒近辺にかつて富士講のシンボルとしての富士塚があったという史跡から、山口は「目黒の富士」を連想し、そこからヒントを得た「お山」をテーマに制作が始まりました。お茶やの女の子たちが見聞きし、それぞれが想像を膨らませる富士講、富士見の真似事の様子が描かれます。柔らかく丸みをおびた白いキャンバスは、まだ雪の残る春の山に見立てられ、それと対照的に女の子たちの解かれた黒髪は、願いごとを叶えるために山頂を目指す、夢の中の女の子たちの登山道となり伸びていきます。庭に作った小さな富士から本物の富士が見えることはなくても、彼女たちはそこで遊び、眠り、夢と現実の双方で富士への想いを募らせています。山にかかった春霞は消え、自分の願いや相手への想いが通じることを思い描き「山、はるる」と題されました。


ここ数年の展覧会では、壁画のようにたとえ消えてなくなってしまっても、その空間全体と呼応し、体感するような展示を意識したものを発表してきましたが、今回はひとつひとつの作品そのものに、より密度の高い完成度を求めて制作しています。現在のもっとも集中した山口藍のすべてが込められた新作の数々を是非ご高覧ください。