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山口藍展「あのね」(TOKYO)

2025年05月14日(水) - 06月14日(土)

ミヅマアートギャラリーでは、5月14日(水)より山口藍展「あのね」を開催いたします。

山口藍は、女の子の存在に自身の美意識を託し、その姿に揺れ動く感情や時間の気配を重ねながら、見る者の記憶の奥に触れるような作品世界を描き続けてきました。本展では、彼女たちの凛とした佇まいが「木」に見立てられ、まるで地に根を張るように、静かに、確かな存在として立ち現れます。


 


制作の背景には、一本のプラタナスの木の記憶があります。かつて近所の校庭に立っていたその木は、消火栓ボックスを飲み込んで大きく成長していました。改築に伴って伐採されることになり、消火栓が取り除かれると、その幹には四角くぽっかりと口をあけた大きな穴が残されていた──自然がかたちづくった人工物のようにも見えるその風景は、「ある」と「ない」のあわい、自然と人工の境界の曖昧さ、そして移ろいの在りようとして、山口の記憶に強く刻まれました。


 


この出来事を起点に、山口は「+」と「−」をつなぐ一本の線、「|」の存在に着目します。−に|を加えれば+となり、|を除けば再び−に戻る。わずかな違いが、すべての意味を反転させることがあるように、「|」は実在と不在を行き来し、相反するものをつなぐ小さな媒介のような存在です。陰と陽、光と影── 一方があることで初めてもう一方が立ち上がる。ささやかで日常的な気づきではあるものの、山口にとっては制作の核となる、大切な感覚だといいます。



プラタナスの木と消火栓の関係に見た、「ある」から「ない」へ、そして「ない」から「ある」へ。本展では、その軌跡のようなものを、自身の新たな美意識のかたちとして、女の子たちの佇まいに重ねました。着物の裾は根のように地を這い、空間に静かに呼応するように、その場にとどまる。障害物を避けるでもなく、包み込むようにして根を広げていったあのプラタナスの木のように。抗わず、拒まず、ただ在る。そのしなやかで揺るぎない存在には、人の手の及ばないものへの畏れと、そこに身を委ねる感覚が静かに息づいています。



本展を彩るのは、日々の暮らしのなかでふいに芽吹いた思考や感覚、小さな気づきの積み重ねから生まれた新作たちです。言葉になる前の、まだ輪郭を持たない感触を、山口はひとつひとつすくい取り、絵のなかに丁寧に重ねていきます。

作品の前に立ち、一本一本丹念に描かれた髪の流れや、沈黙をたたえた眼差し、指の先に続く景色を辿っていくとき、「あのね」と、作品がそっと語りかけてくるような、静かな対話の時間が訪れることでしょう。